○『石油を読む 地政学的発想を超えて』(藤 和彦/日経文庫)872円(税込み)税 「イラク戦争は石油利権が目的だった」的な言説は、さすがに最近は下火になったが、そもそも石油ビジネスに携わる人たちは、この手の陰謀論を一笑に付すものである。 ところが石油のことになると、ついつい「地政学的発想」が頭をもたげてくる。「石油は戦略物資」という時代はとうの昔に終わっているのに、今もそう信じる人たちの影響は無視できない。とくに安全保障や国際政治の専門家の認識は、往々にして石油・エネルギー専門家のそれとは異なっていて、これが幾多の「トンデモ」論を生む原因となる。 現役の経済産業省官僚の手による本書は、現代の石油事情を平易に解説し、いい意味で固定観念を破壊してくれる。石油ショックのイメージから、われわれは今でもOPECやメジャーを過大評価してしまう。しかし今日の国際石油市場では、そういった価格支配者が存在せず、WTIという特殊な指標が暴走することを許す構造がある。なおかつ新規の資源探査や開発投資はほとんど行われていない。昨年来の石油価格高騰は、典型的な「市場の失敗」といえるだろう。 現代石油事情におけるもうひとつの問題は、遅れてきた石油輸入大国である中国が、なりふり構わぬ「資源パラノイア」になっていることだ。中国は他の先進国のように、石油ショックを経験したことがなく、資源確保に対する強迫観念がある。尖閣諸島へのこだわりもその一環であろう。経済性を無視するプレイヤーが登場したことで、将来の国際石油市場が混乱するかもしれない。これは息の長い問題になりそうだ。